8 君を知ってから虹を見ない [君虹【完結】]
21・杉田・同日(1997年4月)
松下は今年2年?
「・・・ということは、椎名さんも2年生?」
「そうとも」
僕は松下の学生証を見つめて、松下の顔を見直していった。
「松下、何でもう2年なの? 去年、俺たちは高3だったよね?」
「ん~。実は違うの」
「違うって?」
「2年に上がれたのは、去年、1年生をちゃんとやったからかな。
私がここの学生になったのは去年なの」
?
「でも、じゃあ、松下、高3は? 高校卒業してないの?」
「まあ、そうね。私は、杉田たちと2年生をやりながら、受験生だったんだよ」
え?
「高校出ないと、受験資格ないじゃん! 3年生は見込みはOKとしても」
「とったよ。受験資格。大学受験資格検定って知らない?」
!
「・・・聞いたことはある。いつ取ってたの。そんなの」
「杉田と同じ学年だった夏休みに。
私、誕生日6月だから、大検受験資格の18歳になってたから受けたよ」
高2で18? 松下、僕の1こ上? 僕はまた松下の学生証を見た。
松下の生まれた年は、僕の生まれた年より1年前だ。
「そんなに、急ぐ必要あったか?」
なにがどうなってるんだ?
「うん・・・なんていうか、
杉田と過ごしたあの1年は、私にとって、2回目の2年生だった。
私は、1回目の高2のときのクラスメイト椎名たちと同じところまで戻りたかった。
大学をちゃんと卒業できれば、高校が中退でも文句ないし。
杉田たち、あのクラスのみんなを欺いたかたちになっちゃったけど、どうしてもね。
ごめんね、黙ってて」
「松下、俺より、椎名さんとのほうが親しいのか?」
「え? あー、ちがうの」
「話せば長いんだけど、聞いて」
松下は僕の目を見て、それから椎名さんのほうに振り向き、またこちらに向き直って話し始めた。
「それでね、私が1回目の高2だった94年の8月の終わり、
私は椎名も含めて計5人のクラスの友達とバイクで海へ遊びに行ったのよ。
私たちは5人とも自動二輪の免許を持っていたけれど、
全員がバイクを持っているわけじゃあなかったの。
だから3台あるバイクのうち、2組が2人乗りをしたの。
そして、私と椎名がじゃんけんでペアになって、
椎名のバイクを行きは私が、帰りは椎名が運転したの。
で、その海からの帰りに椎名が私を乗せたままバイクでこけて、
椎名の運転が悪かったわけじゃあなかったんだけどね、
私は骨折と内臓損傷で2ヵ月半入院した。
ちなみに、椎名は骨折1ヶ月ね。
まあ、それはすっかり治ったんだけど、それで私は出席が足りなくなってね、
来年2年をもう一度って言われたってわけなの。
それで翌年、同じ学校でダブるのは、かなり、いやだったから、
従姉の通った学校に行ってみたというわけ。
そこに、杉田がいたのね。
だから私、杉田たちの1つ上なの。
余談だけど、私、同じ苗字のその従姉の家からあの学校に通ってたんだ」
僕は松下の顔をじっと見た。
どうしてだろう。急に、松下の顔が大人びて見えた。
「・・・でも、それと、高3を飛ばすことと、どう関係あるんだ?」
「関係? あるよ。椎名がね、すっごく責任感じちゃって、見てるととても痛々しかったのよ。
事故直後の手術室から私が出てきたとき、彼泣いてたし。
あー、それは一緒に海へ行ったそのときの友達から聞いたんだけど。
私は麻酔で寝てたから」
ひとつ隣のベンチに座っている椎名さんはチラとこちらを見て言った。
「余計なこと言うなよ。松下」
・・・
「だからね、さっきも言ったけど、椎名たちと並びたかったの。
もし、椎名が現役で入って、
私が高校に4年も費やして、なおかつそこで浪人なんてしたら、
2学年も3学年も遅れることになっちゃうって思うと、
なんだかとても、なんていうか、
椎名がこれからずっと私に負い目を感じて生きていくかもしれないと思うと、
なんだかね、悪いでしょ?」
「それで、あの一年間、ずっとガリ勉してたのか」
「そうよ。ね? 椎名とはなんでもないよ」
松下は僕の手から学生証を取り返してウエストポーチに仕舞い、
僕のダンガリーシャツの袖に軽く手を触れて言った。
「それよりさ、杉田こそ、よく来たね!
私だって、この1年、ずっと、待ってたんだよ。
わかる? 私の気持ちが。
わかるよね? 杉田も、がんばったんだから!」
松下・・・
「松下、あの一年前の公園の続き、始めてくれるのか?」
松下は、くすりと微笑んで、うなずいた。
「うん」
「椎名さんのほうがいいってわけじゃあないのか?」
「なに言ってんの?」
「俺、1こ下だけど」
「なに言ってんの?」
「じゃあ、改めて言うけど・・・」
9話目(最終話)→ http://marscat.blog.so-net.ne.jp/2009-04-14