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9 君を知ってから虹を見ない(完) [君虹【完結】]

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一年前のあの日から、


 


止まっていたような毎日が、


 


今、動き出すかのようだ。


 


 


胸が高鳴る。


 


あのときのように。


 


 


松下。


 


「松下、俺の彼女になってくれ」


 


「はい。よろしくね」


 


ちょっと、はにかんで髪をかきあげる松下。どきどきする。


 


「ああ、こっちこそ」


 


ああ、松下! こんな日が本当にくるなんて!


 


と、感動に浸るまもなく椎名さんが言った。


 


「なにィ、松下、そいつと付き合うのか?」


 


「・・・いけない?」


 


「っていうかー。おまえ、俺が責任とろうかと思ってたら追いつくし!」


 


「なによ。だから、がんばって追いついたもんねえ!」


 


「うれしいんだか、うれしくないんだか・・・」


 


椎名さん、松下のこと好きなのかな。


 


僕がまたつい彼にじいっと見入っていたら、椎名さんは少しだるそうに立ち上がって言った。


 


「俺、ここらで失礼するわ」


 


「うん、じゃあ、またあとで」


 


「ああ」


 


そして椎名さんはゆっくり建物のほうへ歩いて行った。


 


 


 


22・松下・同日(1997年4月)


 


椎名。


 


貸しがある感じがすると、どうも居心地がよくなくて、


 


やさしい椎名のその心に、素直に答えられないんだ。


 


それが、愛なのか償いなのかとか、考えちゃって。


 


わかるかな。


 


ごめん。


 


勝手で。


 


 


「松下」


 


「はい?」


 


「俺の進路が決定したら、スキーに行こうって話、まだ覚えてる?」


 


「あ、うん」


 


「次の冬休みには絶対行こうな」


 


「冬休み・・・」


 


そういえば、それも待たせっぱなしだね。


 


「・・・」


 


「ねえ、それなら今度、ゴールデンウィークに北海道まで春スキーに行かない? 


 


 あとで、旅行会社のパンフもらって、まだやってそうなところ探そ^^」


 


「えっ、まじ? 行く行く!」


 


「決まりね」


 


「松下、大好きだ!」


 


「ばかね」


 


 


 


 


 


 


 


おわりっ


 


 


 


 


 


 


 


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8 君を知ってから虹を見ない [君虹【完結】]

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21・杉田・同日(1997年4月)


 


松下は今年2年?


 


「・・・ということは、椎名さんも2年生?」


 


「そうとも」


 


僕は松下の学生証を見つめて、松下の顔を見直していった。


 


「松下、何でもう2年なの? 去年、俺たちは高3だったよね?」


 


「ん~。実は違うの」


 


「違うって?」


 


「2年に上がれたのは、去年、1年生をちゃんとやったからかな。


 


 私がここの学生になったのは去年なの」


 



 


「でも、じゃあ、松下、高3は? 高校卒業してないの?」


 


「まあ、そうね。私は、杉田たちと2年生をやりながら、受験生だったんだよ」


 


え?


 


「高校出ないと、受験資格ないじゃん! 3年生は見込みはOKとしても」


 


「とったよ。受験資格。大学受験資格検定って知らない?」


 



 


「・・・聞いたことはある。いつ取ってたの。そんなの」


 


「杉田と同じ学年だった夏休みに。


 


 私、誕生日6月だから、大検受験資格の18歳になってたから受けたよ」


 


高2で18? 松下、僕の1こ上? 僕はまた松下の学生証を見た。


 


松下の生まれた年は、僕の生まれた年より1年前だ。


 


「そんなに、急ぐ必要あったか?」


 


なにがどうなってるんだ?


 


「うん・・・なんていうか、


 


 杉田と過ごしたあの1年は、私にとって、2回目の2年生だった。


 


 私は、1回目の高2のときのクラスメイト椎名たちと同じところまで戻りたかった。


 


 大学をちゃんと卒業できれば、高校が中退でも文句ないし。


 


 杉田たち、あのクラスのみんなを欺いたかたちになっちゃったけど、どうしてもね。


 


 ごめんね、黙ってて」


 


「松下、俺より、椎名さんとのほうが親しいのか?」


 


「え? あー、ちがうの」


 


「話せば長いんだけど、聞いて」


 


松下は僕の目を見て、それから椎名さんのほうに振り向き、またこちらに向き直って話し始めた。


 


「それでね、私が1回目の高2だった94年の8月の終わり、


 


 私は椎名も含めて計5人のクラスの友達とバイクで海へ遊びに行ったのよ。


 


 私たちは5人とも自動二輪の免許を持っていたけれど、


 


 全員がバイクを持っているわけじゃあなかったの。


 


 だから3台あるバイクのうち、2組が2人乗りをしたの。


 


 そして、私と椎名がじゃんけんでペアになって、


 


 椎名のバイクを行きは私が、帰りは椎名が運転したの。


 


 で、その海からの帰りに椎名が私を乗せたままバイクでこけて、


 


 椎名の運転が悪かったわけじゃあなかったんだけどね、


 


 私は骨折と内臓損傷で2ヵ月半入院した。


 


 ちなみに、椎名は骨折1ヶ月ね。


 


 まあ、それはすっかり治ったんだけど、それで私は出席が足りなくなってね、


 


 来年2年をもう一度って言われたってわけなの。


 


 それで翌年、同じ学校でダブるのは、かなり、いやだったから、


 


 従姉の通った学校に行ってみたというわけ。


 


 そこに、杉田がいたのね。


 


 だから私、杉田たちの1つ上なの。


 


 余談だけど、私、同じ苗字のその従姉の家からあの学校に通ってたんだ」


 


僕は松下の顔をじっと見た。


 


どうしてだろう。急に、松下の顔が大人びて見えた。


 


「・・・でも、それと、高3を飛ばすことと、どう関係あるんだ?」


 


「関係? あるよ。椎名がね、すっごく責任感じちゃって、見てるととても痛々しかったのよ。


 


 事故直後の手術室から私が出てきたとき、彼泣いてたし。


 


 あー、それは一緒に海へ行ったそのときの友達から聞いたんだけど。


 


 私は麻酔で寝てたから」


 


ひとつ隣のベンチに座っている椎名さんはチラとこちらを見て言った。


 


「余計なこと言うなよ。松下」


 


・・・


 


「だからね、さっきも言ったけど、椎名たちと並びたかったの。


 


 もし、椎名が現役で入って、


 


 私が高校に4年も費やして、なおかつそこで浪人なんてしたら、


 


 2学年も3学年も遅れることになっちゃうって思うと、


 


 なんだかとても、なんていうか、


 


 椎名がこれからずっと私に負い目を感じて生きていくかもしれないと思うと、


 


 なんだかね、悪いでしょ?」


 


「それで、あの一年間、ずっとガリ勉してたのか」


 


「そうよ。ね? 椎名とはなんでもないよ」


 


松下は僕の手から学生証を取り返してウエストポーチに仕舞い、


 


僕のダンガリーシャツの袖に軽く手を触れて言った。


 


「それよりさ、杉田こそ、よく来たね!


 


 私だって、この1年、ずっと、待ってたんだよ。


 


 わかる? 私の気持ちが。


 


 わかるよね? 杉田も、がんばったんだから!」


 


松下・・・


 


「松下、あの一年前の公園の続き、始めてくれるのか?」


 


松下は、くすりと微笑んで、うなずいた。


 


「うん」


 


「椎名さんのほうがいいってわけじゃあないのか?」


 


「なに言ってんの?」


 


「俺、1こ下だけど」


 


「なに言ってんの?」


 


「じゃあ、改めて言うけど・・・」


 


 


 


 


 


 


 


 


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II


19・杉田・翌1997年4月


 


あの春が過ぎ、


 


進級して高校3年になり、


 


夏が来て、去り、


 


秋が来て、去り、


 


冬が来て、去り、


 


また春が来て、僕は大学生になった。


 


ちゃんと現役で、あの入りたかった大学の入学許可証と学生証をもらった。


 


しかし、松下がここに入学したかは分からない。


 


2つの試験会場でも、合格発表の日にも、会えなかったから。


 


だけど、僕が受かって、松下が落ちるなんてことはあるはずがない。


 


電話でも松下は受かったと言っていた。


 


今日、この大学内で待ち合わせもしてある。


 


指定された場所は、


 


講堂の南、


 


小さな広場の西端のベンチ。


 


 


1年は長かった。


 


長かったよ、松下。


 


約束していたスキーにも行けなかった。


 


あれが、講堂だな。


 


で、あれがその手前の小さな広場で、


 


松下はどこだ?


 


 


 


20・松下・同日


 


「椎名、私、これから友達と待ち合わせがあるから、今日のお昼はパスね」


 


椎名、椎名圭二(しいなけいじ)は私の、


 


私が杉田のいた高校に移る前に通っていた高校で親しかった友達の一人だ。


 


「友達? 例の杉田ってやつ?」


 


「そうよ」


 


「俺も行く」


 


「だめだよ。話がややこしくなっちゃうから」


 


「いいじゃないか、俺だって、友達だろ?」


 


「そうだけど、関係ないじゃん」


 


「あるだろ。俺のせいで、その杉田と出会うことになったようなものだろ?」


 


「あー、もう!」


 


 


私たちが講堂の南の小さな広場に小走りで駆けていったとき、杉田はすでに来ていて、


 


約束した西端のベンチに座っていた。


 


杉田と私はすぐに互いに気がついて目が合った。


 


第一声、杉田は言った。


 


「松下! 松下、なんか変わったな」


 


杉田は一旦立って私をとなりに座るよう促して、二人はそこへ座り、


 


椎名は私たちの隣のベンチにさり気なく腰を下ろした。


 


「お待たせ、杉田」


 


「全然! なんか、大学生みたいにかっこよくなった。いや、前から美人だったけどさ。


 


 さらに、垢抜けた?」


 


「なに言ってんの? 私もここの大学生だよ?」


 


杉田こそ、いくらか背が伸びて大人っぽくなった。


 


まぶしい笑顔も、以前とまったく同じには見えない。


 


「そうかもしれないけど。なあ、学生証、見せてくれよ。俺、まだ信じられないよ」


 


「・・・学生証?」


 


「なんだよ。何か問題でも?」


 


「なにも。待って」


 


私は内心ドキドキしながらウエストポーチから免許入れを取り出し、そこから学生証を引き抜いた。


 


「どうぞ」


 


「ああ」


 


私はまだドキドキしながら杉田の反応を見た。


 


「・・・」


 


「・・・松下」


 


「はい?」


 


「松下、今年の入学じゃあないのか?」


 


やっぱり気づいたか。


 


「ん~」


 


私が言葉を濁すと、横から私たちを見ていた椎名が口出しして言った。


 


「おい、おまえ、松下は今年2年だぞ」


 


「え? っていうか、あなたは誰?」


 


杉田は一瞬きょとんとしたけれど、すぐに椎名をじっと見た。


 


椎名のほうは気にしないふりか、普通に言った。


 


「俺? 俺は松下の高校のときからのダチさ。


 


 友達の友達は友達ってことでよろしく。椎名圭二だ」


 


「・・・俺は杉田文一・・・」


 


 


 


 


 


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6 君を知ってから虹を見ない [君虹【完結】]

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18・松下・同1996年3月14日


 


放課後。


 


校舎の昇降口で、靴を履き替えていると、背中越しに杉田の声が私を呼び止めた。


 


「松下、待って!」


 


「え?」


 


「話があるんだ。一緒に帰ろう」


 


「おっけぃ」


 


 


校門を出て、10分弱?歩いたころ、


 


学校と駅のほぼ中間地点にある富士見公園の横を通りかかって、


 


私がちらりと杉田を見たら、彼が公園を指差して、


 


「ここで」


 


と言って中へ入っていったので、私は彼の後についた。


 


ここの公園は駅側の入り口に小さめのグラウンドがあって、


 


その奥がケヤキと桜の並ぶ遊歩道になっている。


 


ケヤキも桜もまだ葉が出ていないので、今の時期は日当たりがいい。


 


それと、低木のツツジはよく茂っている。よくみると、古い葉の上から新芽も伸びてきていたり。


 


 


杉田が遊歩道に点在するベンチのひとつに腰掛けたので、私はその隣に座った。


 


「それで、なあに?」


 


「ああ、まずこれ」


 


彼はリュックから手のひらくらいの丸井の紙袋を取り出して言った。


 


「これ、今日、ホワイトデーだから、もらって?」


 


「あ、いいの?」


 


「もちろん。俺、あのチョコもらわなくたって、松下に何か送りたかったよ。


 


 ・・・クリスマスには、贈りそびれてるから」


 


「く、クリスマス・・・って、私も贈ってないね。交換ことかしたらよかったかな?」


 


私が包装を開けていいか聞こうとしたとき、


 


杉田は真顔のまま言った。


 


「松下。俺、ずっと前からお前が好きだ。俺と付き合ってくれ」


 


・・・


 


杉田。


 


わかってるの?


 


「私、あと10日も、この町にいないんだよ?」


 


「1年、待ってくれ、俺、本当に来年、お前と同じ大学に入れるように今以上、努力するよ」


 


「・・・」


 


「だめか?」


 


「でも私、私はまだ、誰かと恋愛なんて、考えられないよ」


 


「松下・・・」


 


・・・どうしたらいいんだろう。


 


私が杉田と付き合う? ああ、楽しそうかもしれない。


 


でも、私はまだここの人たちに言っていないことがある。


 


それを今、杉田に言うべきかしら?


 


それで杉田は私のこと好きじゃあなくなるかしら?


 


そうかな?


 


そうは思わないけど、でも、


 


「ごめん、杉田。私、まだ約束できないよ。


 


 でも、1年後、杉田が私と同じ大学に入っていたら、


 


 そして、私がまだ今と変わらず杉田のことを良くかっていたら、


 


 私は、私たちがもっと仲良くなれるかを真剣に考えるよ」


 


「・・・やっぱり、保留なのか」


 


「本当に、遊んでいる時間なんて、ないんだよ?」


 


「分かってるさ!」


 


「ね、だから、毎日勉強に励んでいたら、いなくてもだけど、1年なんてあっという間だから」


 


「松下」


 


「・・・」


 


「俺たち、友達ではいられるか?」


 


「そうね、会えなくなるけど、時々手紙を書くよ」


 


「俺、電話もするよ」


 


「うん。ねえ杉田、元気にしていたら、明日は来るんだから、そんな顔しないで?」


 


「ああ」


 


「私たち、また会えるよ」


 


「松下」


 


「・・・」


 


「一瞬だけ」


 



 


 


春風のような、一瞬の出来事。


 


私たちは1年友達をやって、今、初めてキスをした。


 


 


彼は、「また明日」とだけ言い残し、走り去った。


 


 


 


 


 


 


 


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14・松下・同1996年2月14日


 


一応用意してみたけど、ちょっとくすぐったいな。


 


なぜか、人が少ない階段の踊り場で待ち構えてみたりして・・・


 


「杉田」


 


呼び止めて、なぜか、ちょっとどきどきしてみたり。


 


「あ、おはよー。松下」


 


「おはよう。はい、これ」


 


「えっ」


 


「チョコレートだよ。友達としてね」


 


「あーうー」


 


「いらないなら返して」


 


「いる! ありがとう」


 


「どういたしまして」


 


 


 


15・杉田・同1996年3月上旬


 


3月になったからといって、急に暖かくなるわけじゃない。


 


今日は寒くて、ついでに、なにか嫌な感じがする。


 


ああ、早く松下、登校してこないかな。と、


 


教室の入り口のドアを見てたら、斉木が登校してきて、僕を見つけるなり言った。


 


「杉田、聞いたか!」


 


「なにを?」


 


「松下だよ。あいつ、3月いっぱいで転校するってよ」


 


「うそ!」


 


なにっ、こういうのを青天の霹靂(ヘキレキ)というのか!


 


「うそかどうかは、本人に聞いてみろよ。


 


 俺はさっき、職員室で先生が他の担任と話しているのを小耳に挟んだだけだからな」


 


「・・・」


 


ぼーっとしてたら、松下が教室に入ってきた。


 


ああ、松下!


 


「おはよう、杉田、斉木くん」


 


「おはよう・・・」


 


「? どうしたの、変な顔して」


 


「松下、転校するのか?」


 


「あらー、早耳ねえ。今日、言おうとしてたんだけど。そう、春休みに入ったら引っ越すんだ」


 


「どこに?」


 


「都内」


 


「なんで?」


 


「おうちの事情」


 


「・・・高校生なのに、親について行くのかよ」


 


「私の勝手だね」


 


そこに斉木が割り込んだ。


 


「杉田、そんな言い方はないだろ」


 


「だって!」


 


「おまえ、その松下の親のおかげで、松下と出会えたんじゃないか。


 


 こいつ、それで4月に転校して来たんだから。


 


 クラス替えした一学期からいたから、忘れてたか?」


 


「・・・いや」


 


そうなんだ。


 


だけど。


 


何秒か沈黙していたら、松下が言った。


 


「杉田。なかなか楽しい1年だったよ。杉田のおかげだよ。ありがとう^^」


 


「うっ」


 


「二人とも、もう会えないわけじゃあないんだろ?」と、斉木。


 


「そうだ!」


 


これはどうだろう。


 


「は?」


 


「松下。俺、おまえと志望校同じにしてもいいか?」


 


「えっ! ・・・受験料もったいないよ」


 


「なにィ」


 


「言われてやんの。杉田」


 


斉木が笑っている。


 


「絶対受かってやる!」


 


僕はただ、松下と縁を切りたくない一心でそう言った。


 


「冗談だよ。うん。がんばって、そしたら、また同じ学校だね」


 


松下は、明るい笑顔で言った。


 


「ああ」


 


 


 


16・松下・翌日


 


家の自分の部屋で、勉強の合間にベッドに寝転んで天井を見ていたら、


 


電話が鳴った。


 


起き上がって、電話を取りに行く。


 


「はいはいはい、はーい、松下です」


 


『もしもし、椎名と申しますが、実津子さんは・・・』


 


「椎名! 私!」


 


『ああ! 松下か!』


 


「なあに?」


 


『いやなに、おまえ、ホントに帰ってくるんだな?』


 


「もちろんだよ。そのために毎日勉強してたんだから!」


 


 


 


17・杉田・同1996年3月中旬


 


日曜に、一人で駅まで、松下へのホワイトデーのプレゼントを探しに出た。


 


 


・・・まるで趣味が分からないな。


 


あいつ妙にさっぱりしてるから、女の子っぽいものだとがっかりされそうだし、


 


かといって中性的なものではプレゼントっぽくないような感じがするし、


 


ふー。


 


というか、同じ大学に行けなかったら、もう松下を彼女にできる可能性はないだろうな。


 


落ちて浪人したら、さらにもうあと1年会えなくなるし。


 


・・・考えたくない。


 


 


 


 


 


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10・松下・同1995年10月


 


あ、杉田がこっちにくる。


 


「まっつしったさん」


 


「なに?」


 


「俺、次の数学当たるんだ。ここなんだけどね、教えて」


 


まあ、そんなこととは思ったけど。


 


「どこ? ああ、答えは7だね。杉田、1時間だけなら私のノート貸してあげるよ」


 


「ノートを? あ、予習してあるんだ。すごいや」


 


「いつもよ」


 


「松下、こんなに勉強できてて、今から受験勉強もしてるのは、


 


 東大にでも行くつもりだからなのか?」


 


「へ。いいや、もうちょっと下ねらいかな」


 


「うーん。分からん」


 


「なにが」


 


「勉強より他に楽しいことができる余裕、松下にはあるようにみえるのになあ」


 


・・・


 


私はニッコリとした顔を作って言った。


 


「勉強って楽しいよ」


 


「うっそー」


 


あ、驚いてる。驚いてる。


 


私はもう一度笑って言った。今度はニヤリと。


 


「うそ」


 


「うーむ」


 


そこへ、始業のチャイムと同時に数学の先生が入ってきた。


 


「ほら、もう戻りなよ」


 


「ああ」


 


「ノートは?」


 


「悪いからいいよ。答えは聞いたし」


 


「そ」


 


 


 


11・杉田・同1995年12月


 


「松下、冬休みはヒマじゃないよね」


 


休み時間、なんとなしに新しくなったカレンダーを見ながら松下に聞いた。


 


ていうか、もう12月なんだな。


 


「ヒマじゃないよ。もちろんお勉強」


 


「ちっ、なんで1年以上も前からそんなに真剣に受験勉強なんてしてるのさ!」


 


「別にィ。確実に受かりたいからね」


 


「がりべん、がりべん、がりべんきー! キー!」


 


「・・・小学生か、あんたは」


 


「だって、冬休みにスキーくらい、誘いたいじゃないか」


 


「なるほど。分かった」


 



 


「えっ、行く? スキーに」


 


「再来年」


 



 


「再来年?」


 


「そう、再来年、3年の3学期に、杉田の進路が決定したら、行こうか」


 


「えええええっ、そんなに先?」


 


「不満?」


 


「不満だよ!」


 


「いやなら別に」


 


松下が、ほんとになんでもなさ気に、あさってのほうを向いた。


 


「うー、じゃあ、でも絶対、再来年行くからな」


 


「うん」


 


松下、ほんとになんでもなさ気に、笑顔でそう答えるね。


 


 


というわけで、僕はこの冬休みも夏と同じ店に雇ってもらって、バイトをしてすごし、


 


冬休み中、1日だけまた松下と映画を見た。


 


 


 


12・松下・翌1996年1月


 


「松下!」


 


「椎名(しいな)! 久しぶりね!」


 


「ああ、同じ会場だな」


 


「うん」


 


「松下、もう体はなんともないのか?」


 


「そんなの、4月から普通に体育の授業を受けてるよ^^」


 


「そうか、それは良かった。今日、がんばろうな」


 


「うん、がんばろうね」


 


「よし」


 


「れっつ、ら、ごー!」


 


 


 


13・杉田・同日


 


今朝は、始業のチャイムが鳴っても、松下は教室に現れなかった。


 


「斉木ー、今日、松下は休みかな?」


 


「俺が知るかよ? 風邪でない?」


 


「めずらしいな。っていうか、今日は風邪大はやり?」


 


「ん?」


 


「学校に人が少ない気がする」


 


「あー、そりゃ、3年がセンター入試だからだろ」


 


「ああ、それって、今日なんだ」


 


僕は窓の側まで歩いて、外のグラウンドを見下ろした。


 


遅刻っぽいやつが一人走ってる以外、誰も歩いていなかった。


 


 


 


 


 


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8・松下・同1995年9月下旬


 


修学旅行の3日目。


 


今日は午後から班単位での自由行動で、私は杉田と長崎の街を歩くことになっている。


 


班の人数は3人か4人と決まっていたから、私たちは数合わせに、


 


斉木くんと斉木くんが誘ったもう一人の女子を入れての4人の班を作っていた。


 


 


お昼前になり、2年の全員は長崎港の近くで観光バスを降り、解散した。


 


そして、私たちも斉木くんたちと別れて歩き出した。


 


杉田は二人きりになると言った。


 


「俺、今日を楽しみにしてたんだ」


 


「そう?」


 


「そう! ねえ、早速お昼にしないか? どこか長崎皿うどんのおいしいお店知らない?」


 


「おーけい。去年、耳にしたところに行ってみよ」


 


「いえす!」


 


 


 


9・杉田・同1995年同日


 


僕たちは昼食のあと、事前に授業で作った観光計画の通りに


 


(あとでレポートの提出があるから)


 


グラバー園と大浦天主堂と孔子廟を見学して、


 


ついでに、オランダ坂を通って、出島資料館に入って、出た。


 


 


日が傾きかけた頃、同じ制服のやつらのチラホラいる、


 


お土産物屋の並んだ通りではしごして歩いていると、松下が言った。


 


「うちへのお土産にカステラも買ったし、そろそろ集合場所のホテルに帰ろうか」


 


えー。


 


「えー、もう少し歩こうよう!」


 


僕はもっと松下と一緒にいたい。


 


「んー、ここって坂が多いし、私は疲れてきたよ」


 


「じゃあ、待って、地図で公園を探すから、少し座っていこう」


 


「ふむ、公園なら、稲佐山(いなさやま)まで行こうか」


 


「稲佐山?」


 


「稲佐山自然公園。あの山よ。ロープウェイで登るの。長崎駅より向こうだけど、名所よ」


 


「さすが九州通! でも松下、疲れてるんだろう?」


 


「去年は見逃してるから見ておきたい気もするし、バスとロープウェイに乗っている間は座れるよ」


 


「じゃあ、行こうか」


 


「あいあい」


 


 


公園の展望台に登ると、


 


夕暮れの長崎の街が眼下に広がっていた。


 


「いい景色だね! 松下」


 


「うん、最高^^」


 


僕は同じ学校のやつらがいないか辺りを見渡して、


 


知った制服の輩はいなかったからホッとして、


 


次に空いているベンチを探して、松下をそっちに誘った。


 


 


僕たちは何分間か、


 


ただ黙って、


 


日没前の、


 


街明かりを見ていた。


 


 


松下、こんなとき、僕たちが恋人同士だったなら、僕は君の肩に手を回し、


 


その頬に手を添えて、


 


君のその、


 


その、唇に・・・


 


ああ、でも今日、僕は君の手さえも、握ることができなかった。


 


今、


 


ああ、松下! 手を、


 


「杉田?」


 



 


手を取るんだ。


 


 


・・・その心とは裏腹に、僕は言った。


 


「もう、帰らないと」


 


まだ、帰りたくないけど。


 


僕が行き場のない手をゆっくりと制服のポケットに仕舞おうとしたとき、


 


すっと彼女の手が伸びて、僕の手をつかんだ。


 


「ちょっと待って」


 


「・・・」


 


「シャッター押してくれる? カメラの」


 


「ああ、いいとも」


 


それから、僕たちは1枚ずつ写真を撮りあって、その日のホテルに帰った。


 


 


 


 


 


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2 君を知ってから虹を見ない [君虹【完結】]

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4・松下・同1995年6月下旬


 


今日は調理実習で小麦粉を炒めるところからカレーを作ったけれど、


 


思ったよりおいしく出来てよかった。


 


 


まあそれはいいとして、実習中に、名簿順に班になっている女の子たちに、


 


「松下さんて、杉田と付き合ってるの?」なあんて、聞かれてしまった。


 


もちろん、


 


「ただの友達だよ」って、否定したけれど。


 


ここでは、濃い付き合いをしている友達っていないし、まあ、わざとだけど・・・


 


 


本当のことを最初に言ってしまったほうが良かったのかもしれないけれど、


 


私がみんなと違うと思われるのが嫌だったから、


 


クラスに溶け込もうとして、本当のことは隠した。


 


それが悪かったのか、良かったのか、今はまだ分からない。


 


 


 


5・杉田・同1995年7月


 


松下は夏休みもどこへも行かず、ずっと受験勉強をするというので、僕もどこへも行かず、


 


しかし、僕は近所のファストフード店でバイトをすることにして、


 


時どき松下にバーガーセットをおごった。


 


 


今日は僕がバイトを上がる頃、松下が店に顔を見せたから、


 


二人分のフライドポテトとオレンジジュースを持って店を出た。


 


歩きながら僕は言った。


 


「これは、映画館で食べよう」


 


「は?」


 


二人は丁度、公開中の映画の宣伝ポスターの並んでいるところを通ったので、


 


僕はそのうちの一枚の、目当ての封切りしたての作品を指差して言った。


 


「それ、観よう」


 


「うっ」


 


「?」


 


「ナイスタイミング! 私、明日にでも観に行くつもりだったのだ」


 


「ほんと? 良かった。でも松下、これ、映画を一人で見るつもりだったの?


 


 誰かと、先約があったら、今一緒に観てくれるわけないよね」


 


「ん、誰とも約束してないよ」


 


「松下って、友達少ないね」


 


「なあに? 多ければいいってものでもないよ。


 


 それに、これを観るには、まだ並ぶしね。早く観たかったから」


 


「友達と一緒のほうが並びやすくない?」


 


「っていうか、他の人がどらくらいの見たさ加減なのか分からないから、スケジュール組みにくい」


 


「ふーん」


 


「いいじゃないの。今から杉田と一緒に観るんだから」


 


「そうだね」


 


「ばっか」


 


 


そして、僕たちは長い列に並んで映画を観た。


 


ちなみに、ポテトとジュースは、並んでいるときに食べきった。


 


 


松下とは友達という前提の付き合いだけど、僕は始業式の日からずっと松下が好きだし、


 


松下が、大学合格まで男を作らないというなら、それはそれで安心だ。


 


だけど、それまではあと一年半もあるぞ。


 


ちょっと長げえな。


 


このまま高校を卒業するのは、微妙にやな感じだ。


 


 


 


6・松下・同1995年9月上旬


 


今日のホームルームで『修学旅行のしおり』が配られた。


 


行き先は九州。


 


私が去年に旅行したところとほぼ同じコース。


 


うーん。


 


修学旅行の行き先も調べてから転校すればよかった。


 


しかし、なぜ今どき九州続き?


 


 


 


7・杉田・同日


 


修学旅行か。さすがの松下もこれを休んでまで勉強ということはないだろう。


 


放課後の帰り道で、一応聞いてみた。


 


「松下、修学旅行は行くよね?」


 


「うーん。どうしようかなあ」


 


「おいおい、うそだろ?」


 


「私、去年行ったのよねー。九州」


 


「・・・」


 


このとき、僕はとても絶望的な顔をしていたんだと思う。


 


次の松下の言葉がとても・・・


 


「行くよ。高校生活のイベントのひとつだからね」


 


「ほんと?」


 


「なんなら、私が観光案内してあげようか?」


 


・・・やさしい気がしたから。


 


「ああ! 頼むよ!」


 


「オーケイ」


 


 


 


 


 


 


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1 君を知ってから虹を見ない [君虹【完結】]


1・杉田・1995年4月


      


僕が松下実津子(まつしたみつこ)という人物を初めて知ったのは、高校2年の時だった。


 


春休み明け、始業式のあった日に、新しいクラスの仲間の一人として彼女がいたんだ。


 


僕好みの美人だったから、目が行ったというのもあるけど・・・


 


僕は前の席の、一年のときも同じクラスだった斉木(さいき)にちょっと聞いてみた。


 


「斉木ィ」


 


「なん? 杉田(すぎた)」


 


杉田というのは僕のこと、ついでに下の名前は文一(ふみかず)という。


 


「あの席に着いてる松下さんていう人、


 


なにかクラスに馴染んでいないみたいだけど、どうしたのかな?」


 


「うん? どいつ」


 


斉木は僕の示したほうを見た。


 


「ああ、見たことない顔だな。ちょっと大人っぽい感じがする・・・ような」


 


「うん」


 


「気になるなら、お前が話しかけろよ」


 


「そっか」


 


「あほ」


 


僕はできるだけ自然に声をかけた。


 


「松下さん」


 


「はい?」


 


あー、やっぱり美人だ。サラサラのセミロングに、細めのあごと奥二重の優しそうな目。


 


「松下さんて、前は何組だったの? このクラスに知り合いはいないの?」


 


松下さんは答えた。


 


「いないねえ。私は2年からの転校生なのだよ」


 


「へえ」


 


「・・・」


 


「じゃあ、前はどこにいたの? 転校はやっぱり親の都合で?」


 


 


 


2・松下・同日


 


「そう、前は都内に住んでいたんだ」


 


と言っておけば嘘じゃない。


 


「親の転勤でね、ついてきたんだ」


 


「ふーん」


 


「・・・」


 


「じゃあ、彼氏とか、いたら、遠距離になっちゃうね」


 


「いないよ^^」


 


「うそー」


 


「嘘じゃないよ」


 


「ほんと? 松下さん美人だから、きっといると思ったよ。なら、俺どう?」


 


おいおい、なんだ見かけより軟派なやつだなあ。


 


「私は大学受験に忙しいから、彼氏は要らないよ」


 


これも本当。


 


「えーっ! まじ? まだ2年になったばっかじゃん!」


 


あれ、残念そうな顔。でも私は少し冷たく言った。


 


「私の勝手だね」


 


「でも、じゃあ、友達なら必要だよね」


 


ふうん。


 


「まあね」


 


杉田文一。この学校で最初の友人。


 


誰かの声がした。


 


「なに、お前クラスの女なんかナンパしてんの?」


 


「ははは」


 


 


 


3・杉田・同1995年6月上旬


 


中間テストの結果が返ってきて、僕と斉木と松下とで結果を見せ合ったら、


 


僕と斉木は松下の出来に目を見張った。


 


だってこの人、国語・英語2科目・数・理・日本史の6つのテストで全部が95点以上だったんだ。


 


僕がビビって黙っていたから、斉木が先に聞いた。


 


「松下ー、なんでそんなに出来るんだ?」


 


「うん? 日頃の行いがいいからよ」


 


「日頃の行いって、ホントに毎日勉強ばっかりしてるのか?」


 


「ええ」


 


「松下の趣味ってなんだ?」


 


「趣味? 趣味は勉強じゃあないよ? 読書とか、映画とか散歩とか、


 


その延長で二輪で遠出とかよ」


 


「二輪? 松下、免許持ってるのか?」


 


「え、ああ、まあね」


 


松下はちょっと微妙な顔で答えた。


 


「ほんとに、松下ってすごいんだなあ」


 


「すごかないわよ」


 


すごいだろ。


 


 


 


 


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